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岐阜地方裁判所 平成3年(ワ)616号 判決

原告

青山衣料株式会社

右代表者代表取締役

青山禎子

原告

青山禎子

右両名訴訟代理人弁護士

中村亀雄

被告

岐阜信用金庫

右代表者代表理事

加藤敬吉

右訴訟代理人弁護士

東浦菊夫

広瀬英二

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一  請求

被告は、原告青山衣料株式会社に対し、金九〇〇〇万円、原告青山禎子に対し、金一〇〇〇万円及び右各金員に対する平成三年六月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告青山衣料株式会杜(以下「原告会社」という。)が、従前から金融取引のあった被告から、違法な過剰融資及び定期預金の解約の拒否により、休業・倒産状態に追い込まれて、損害を被ったとして、また、原告会社の代表取締役である原告青山禎子(以下「原告禎子」という。)がこのために精神的苦痛を被ったとして、その損害賠償を求めた事件である。

二  原告らの主張の要旨

1  衣料品の製造販売を目的とする原告会社は、昭和三九年以来、預金、貸付手形割引等金融全般を目的とする信用金庫の被告と取引してきたものである。

2  被告は売上高一億円程度の規模の原告会社に対し、昭和五五年頃から昭和六二年頃までの七年余りにわたり、別紙一覧表「累積借入金額」欄記載のとおりの過剰融資を強要し、また、昭和五九年一一月頃から昭和六二年頃までの間、原告会社が定期預金の解約を申し出てもこれを拒否し続けた。このような被告の過剰融資は貸金業の規制等に関する法律一三条(過剰貸付等の禁止)に該当する違法行為であり、定期預金の解約を拒否して融資をするという不公正な取引方法は独禁法一九条に違反する行為である。

3  原告会社は、被告の右違法行為により、平成元年一二月休業・倒産状態にまで追い詰められて、借金の返済のために、原告らの所有不動産を廉価で売却せざるを得なくなった。

4  その結果、被告は原告会社に対し、右過剰融資の間七〇〇〇万円を越える金利相当分の損害及び不動産売却により六〇〇〇万円に及ぶ損害を生じさせた。

5  さらに、原告禎子は、被告の右違法行為により精神的苦痛を被り、その慰謝料は一〇〇〇万円を下らない。

6  よって、被告の不法行為に基づく損害賠償として、原告会社は金九〇〇〇万円、原告禎子は金一〇〇〇万円及び右各金員に対する損害賠償請求の日の翌日である平成三年六月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の反論の要旨

1  被告の原告会社に対する融資の大半は、原告会社から当座決済資金の申込みを受けてなしたものであって、被告が融資を強要したことはない。

また、原告会社の業績だけをみれば融資額が多額すぎるといえなくもないが、原告会社のオーナーである代表者一族の資産背景や支払能力をも含めて考えた場合には、支払不能といえるような融資額ではないのである。

原告らは、被告においてその融資の申込みを拒否すべきであったと主張するのであろうか。そうすれば、もっと早期に原告会社は倒産していたことは明らかである。被告の原告会社に対する融資は、原告会社の強硬な融資の要請に対し、やむをえず支援してきたというのが実情である。

2  原告の主張する貸金業の規制等に関する法律において、被告のような信用金庫法に基づき設立された金融機関は、その規制対象から除外されている(同法二条一項二号)。また、同法一三条は貸金業者としての心構えを規定した訓示規定であって、何ら具体的拘束力を持つ規定ではない。

また、被告が原告らの預金を拘束したことはないし、原告らから定期預金の解約の申し出を拒否したり、預金との相殺の意思表示を受けたこともない。

3  原告らが借金の返済のためにした不動産の売却価格は、時価に比して低廉ではない。

第三  当裁判所の判断

一  後掲各証拠によると、以下の事実が認められ、これに反する甲一六の記載部分及び原告禎子の供述部分は採用することができない。

1  原告会社は、衣料品の製造販売を目的として昭和二七年四月二日設立された資本金一〇〇万円(昭和三九年五月二〇〇万円に、昭和四八年六月四〇〇万円に、昭和五七年七月一〇〇〇万円にそれぞれ増資)の株式会社であるが、代表取締役には、当初青山正三が、同人が死亡した昭和四四年六月から妻の青山繁子が、昭和六二年六月から長女の原告禎子が就任しており、他の役員もその家族が占めているいわゆる同族会社である。そして、原告会社は被告(真砂町支店)と、昭和三九年以降金融取引の関係にあった(甲一の1、2、証人青山繁子、原告禎子、弁論の全趣旨)。

2  原告会社及びその役員である原告禎子ら家族は、被告に対し、定期預金をする一方、被告から、原告会社の営業運転資金等の貸付を受けており、昭和五五年九月から平成元年四月までの借入状況は、概ね別紙借入表記載のとおりであり、昭和五五年度から平成元年度(営業年度は毎年四月一日から翌年三月三一日まで)までの原告会社の年商(純売上高)、累積借入金、支払利息、支払元金、利息(当期損失)、累積赤字(当期未処理損失)、定期預金は、概ね別紙一覧表記載のとおりであった(甲五、六の1、3ないし5、七、八の1の1、2、八の2ないし4の各1ないし4、証人青山繁子、原告禎子、弁論の全趣旨)。

3  原告禎子は、原告会社に昭和四一年三月頃入社し、昭和五七年頃には企画製造の他経理事務を担当しており、原告会社の財務状態がよくないことから、当時の代表取締役である母の青山繁子に対して、昭和六〇年頃、原告会社らの定期預金の半分を解約するとともに所有不動産を一部売却して、原告会杜の累積赤字を減らすように進言したが、青山繁子に受け入れられないまま推移した(証人青山繁子、原告禎子、弁論の全趣旨)。

4  原告禎子は、昭和六二年六月、青山繁子にかわって原告会社の代表取締役に就任するとともに、その前後から、原告会社の再建のために、鈴木博司税理士に原告会社の財務調査と今後の再建の可能性について助言を受けたが、同税理士は、原告会社の決算書類等を検討した結果、原告会社による支払利息がその売上高の約一二パーセントを占めている等の不良な財務状況からして、その再建は不可能と判断して、財産のあるうちに清算したほうがいい旨進言した。ところが、原告禎子は、原告会社は父が苦労して創業した会社であって、廃業は何としても避けたいとの思いから、原告会社の再建に拘り、これを速やかに清算する方向で決断することができなかった。そこで、同税理士は、返品等クレームの多い販売形態を是正することや保険金の解約や人件費の節約等無駄な経費を節減すること等の改善策をとるように原告禎子に忠告した(甲一一の1ないし4、一二の1、2、一五、証人鈴木博司、原告禎子、弁論の全趣旨)。

5  ところで、被告から原告会社に対する融資の多くは支払手形の決済資金であって、他に昭和六一年頃になされた店舗の改装資金その他工賃の支払資金というものであったが、昭和五八年二月頃から昭和六二年一月頃まで被告真砂町支店の支店長代理であった白木哲は、原告会社の財務状況が良くないことから、売れる商品を企画すること、委託販売ですぐ返品になるような販売方法を是正すること、遊休不動産を売却すること等経営の改善方を原告会社にアドバイスしたり、現に不動産の売却先(売買価格一億一〇〇〇万円程度)についての紹介をしたが、高額で売却したいとする原告会社の受け入れるところとならなかった。

また、青山繁子が代表取締役であった昭和六二年六月頃までは、原告会社から被告に対し、定期預金の解約や同預金と借入金との相殺を申し込まれたことはなかったし、原告禎子が代表取締役に就任した昭和六二年六月以降、原告会社の被告に対する負債の清算方法をめぐって、原告禎子から定期預金の解約や借入金との相殺が何度か話題として上ったことはあるが、原告会社から被告に対して、その具体的手続をとるなどといったことはなく、被告がその具体的申し出を拒否したこともなかった(証人青山繁子、同白木哲、原告禎子、弁論の全趣旨)。

6  その後、昭和六二年度には原告会社及び原告禎子ら家族の定期預金の半分二九〇〇万円余りを解約し、また平成元年七月八日には、原告会社及び原告禎子が、岐阜県山県郡高富町内の所有不動産を合計一億一一七三万円余りで第三者に売却して、被告に対する借入金等の返済に充てた(甲三の1、2、証人白木哲、原告禎子)。

7  また、原告禎子夫婦は、昭和五九年五月、岐阜市上土居に自宅を約三〇〇〇万円で新築するにあたり、住宅金融公庫から七一〇万、原告禎子の夫が被告から一一〇〇万円をそれぞれ借り入れ、その余は被告に預け入れた定期預金を解約するなどした自己資金でまかなったが、右定期預金の解約に際して被告から拒否されたことはなかった(甲二の1、証人白木哲、原告禎子)。

二1 ところで、一般に被告のような金融機関が顧客からの定期預金等預金解約の申し出に対して、その翻意を求める等の所為に出ることは世上みられるところであるが、その手段、方法が相当性の範囲を超えるとか、あるいは顧客が預金解約の具体的手続を踏んでいるにもかかわらず、解約を拒否するといった特段の事情でも認められないかぎり、その翻意を求める等の所為をもって金融機関の違法行為と断ずることはできない。

そして、本件各証拠を検討するも、被告に右のような特段の事情を認めることはできないし、加えて前示認定によると、青山繁子が代表取締役であった昭和六二年六月頃まで、原告らが被告に対し、定期預金の解約や同預金と借入金との相殺を申し出たことはなく、原告禎子が代表取締役に就任した昭和六二年六月以降においても、定期預金の解約の申し出に対して被告がこれを拒否するといった事実もないのである。

2 また、前示のとおり、多額の累積赤字を抱えた原告会社の経営改善のために、代表取締役たる原告禎子が原告会社及び代表者一族の定期預金の解約あるいは借入金との相殺により、累積赤字の減少を図ろうと考えることはありうることではある。

しかしながら、手形不渡りによる会社の倒産を防ぐため、遅滞なく支払手形を決済することは会社の存続にとって至上課題であって、被告の融資の主なものも前示のとおり原告会社による支払手形の決済資金であったものである。会社経営の継続を志向する立場からすると、このような手形の決済という逼迫した事態において、支払手形の決済資金の捻出のために定期預金を解約するという手段を採用することは通常みられないというべきである。なぜなら、右のような手段は、融資を受けたうえでこれをその後会社の売上金等から返済していくという手段に比べて、融資の担保的機能をも有する定期預金が減少することにより将来における金融機関との取引の継続性が失われるおそれがあること、企業の運営資金の融通性や流動性に欠けるばかりか資金の枯渇化を招くおそれがあるからである。

そうすると、右のような事情の下で原告会社から融資の申し出を受けた被告が、原告会社の業績のみならず、これまでの取引の期間、経営者一族の支払能力、担保価値の把握の程度等の事情を総合的勘案して、これに応じてきたと認めるのが相当であり、また、被告が原告会社に対し融資を強要したというような事情を認めることはできない(証人白木哲の証言、弁論の全趣旨)。

3 以上検討したところによると、被告において原告会社に対し、融資を強要したり、また違法な過剰融資をなし、さらには、原告らによる定期預金の解約申し出を拒否したりといった原告の主張を認めることはとうていできない。

三  以上の次第で、被告に原告ら主張の違法行為を認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求はいずれも理由がない。

(裁判官黒岩巳敏)

別紙〈省略〉

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